薬剤関連顎骨壊死

薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)とは:薬が原因で顎の骨が壊死する病気

薬剤関連顎骨壊死 (Medication-Related Osteonecrosis of the Jaw: MRONJ) は、特定の薬物治療を受けている患者さんの顎の骨が腐ってしまう(壊死する)病気です。
特に、骨の病気(骨粗鬆症やがんの骨転移など)の治療に使われる薬が関連しています。

主な原因となる薬剤の種類

MRONJを引き起こす主な原因薬剤は、骨の吸収を抑える働きを持つ薬です。

  1. ビスホスホネート系製剤(BP製剤)
    • 骨粗鬆症や、がんの骨転移による骨の合併症(病的骨折など)の予防・治療に使用されます。
    • 内服薬(飲み薬)と注射薬があります。
  2. 抗RANKL抗体製剤(デノスマブ製剤)
    • 骨粗鬆症や、がんの骨転移による骨の合併症の予防・治療に使用されます。
    • 注射薬です。

症状:気づきにくい初期症状と進行

MRONJの初期段階は無症状であることが多いですが、進行すると以下のような症状が現れることがあります。

症状の主な特徴 詳細
骨の露出(最も重要なサイン) 歯ぐきから顎の骨が8週間以上にわたって露出している。
疼痛・腫れ 歯ぐきや顎の痛み、腫れ。二次的な細菌感染が原因で起こることが多いです。
歯のぐらつき 歯周病ではないのに、歯がぐらぐらする。
瘻孔(ろうこう) 口腔内や顔の皮膚に、骨から膿が出る穴(瘻孔)ができる。
感覚の異常 下顎の神経が障害され、唇やオトガイ(下あごの先)のしびれが生じる。

【診断の目安】

以下の3項目を満たす場合にMRONJと診断されます。

  1. BPやデノスマブなどの薬剤による治療歴がある。
  2. 8週間以上持続して、口腔・顎・顔面領域に骨露出を認める(または骨を触知できる瘻孔を認める)。
  3. 原則として、顎骨への放射線照射歴がない、かつ顎骨病変が原発性のがんや転移ではない。

発症の原因:なぜ顎骨が壊死するのか?

MRONJが起こる正確なメカニズムは複雑ですが、主に以下の要因が関係していると考えられています。

薬剤の作用

  • BP製剤などは、骨を壊す細胞(破骨細胞)の働きを強力に抑え、骨の代謝(古い骨を壊し、新しい骨を作るサイクル)を遅らせます。その結果、細菌感染などによって傷ついた顎の骨が修復されずに壊死しやすい状態になります。

局所的な要因(口腔内の衛生状態や歯科処置)

  • 抜歯などの外科的処置によって顎骨に傷ができた場合、その治癒が妨げられます。
  • 口腔内の不衛生な状態(歯周病や合わない入れ歯による傷など)があると、その部位から細菌が侵入し、壊死した骨に感染を起こし、病態が悪化します。

その他のリスク要因

  • ステロイド薬の使用、糖尿病、喫煙、飲酒、化学療法などがリスクを高める可能性があります。

治療法と予防:専門医による継続的な管理が重要

MRONJに対する確立された万能の治療法はまだありません。そのため、予防が最も重要です。発症後の治療は感染の制御と症状の緩和を目標とした保存的な治療や、顎骨を切除する外科的な治療がありますが、患者様の全身状態を考慮して決定します。

1. 予防(最も重要)

  • 服薬前の歯科検診: 薬剤治療を開始する前に、歯科口腔外科で口腔内の徹底的な診査を受け、保存不可能な歯の抜歯や重度の歯周病治療など、侵襲的な歯科処置はすべて済ませておくことが推奨されます。
  • 服薬中の継続的な口腔ケア: 投与中も定期的に歯科を受診し、専門的な口腔清掃(クリーニング)を受け、口腔内を清潔に保つことが極めて重要です。
  • 患者さんへの情報提供: 薬剤治療を開始する際は、医師から患者さんへMRONJのリスクについて説明し、異常を感じたらすぐに歯科口腔外科を受診するよう指導されます。

2. 治療

  • 抗菌薬の投与: ほとんどの場合、壊死骨への細菌感染が原因で痛みや腫れが起こるため、感染をコントロールするために長期の抗菌薬治療が行われます。
  • 薬物の中止: 現状においては休薬の有用性を示すエビデンスはなく、原疾患の治療継続が優先されます。
  • 局所の洗浄と含嗽: 口腔内の清潔を保つため、洗浄やうがい薬(含嗽剤)の使用を行います。
  • 外科的治療: 保存的治療で改善しない場合や感染が重度の場合、露出した壊死骨を慎重に除去するデブリードマン(壊死組織除去術)や顎骨切除などの外科的治療が検討されます。

茅ヶ崎徳洲会病院 歯科口腔外科では、全身疾患を考慮した上で、これらの薬剤を服用されている方の抜歯や、MRONJの診断・治療・継続的な管理を行っています。

当院歯科口腔外科 梯医師の論文

  • The clinical effectiveness of conservative surgical management in medication-related osteonecrosis of the Jaw.
    Hiroe Kakehashi, Mizuki Sakamoto, Masafumi Moriyama, Yuichi Goto, Ryoji Kitamura, Kenichi Ogata, Seiji Nakamura, Shintaro Kawano. Journal of Oral and Maxillofacial Surgery, Medicine, and Pathology. 2023
    https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2212555823002442
  • Administration of teriparatide improves the symptoms of advanced bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaw: preliminary findings.
    H Kakehashi, T Ando, T Minamizato, Y Nakatani, T Kawasaki, H Ikeda, S Kuroshima, A Kawakami, I Asahina. International journal of oral and maxillofacial surgery. 2015. 44. 12. 1558-64
    https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0901502715012011
  • ゾレドロネート投与中乳癌骨転移患者の口蓋隆起に発生した顎骨壊死2例の治療経験.
    梯 裕恵, 山下裕美, 大場誠悟, 朝比奈泉. 日本口腔内科学会雑誌. 2015. 21. 1. 21-26
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsom/21/1/21_21/_article/-char/ja/

書籍

  • 【イタリアのポジションペーパーに学ぶ Medication-related osteonecrosis of the jaw MRONJ 薬剤関連顎骨壊死で期待される歯科衛生士の役割】.
    黒嶋 伸一郎, 澤瀬 隆, 梯 裕恵, 米田 俊之. デンタルハイジーン. 2024. 44. 2. 142-163
  • 「歯科医院必携 臨床医のための薬剤関連顎骨壊死の本」
    米田 俊之監修.黒島 伸一郎編著.上野 尚雄.梯 裕恵.菊谷 武.田口 明.林田 咲.宮本 郁也.八岡 和歌子 著

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